「光りあう月」
光が散らばる暗闇に、私は浮かんでいた。
月がふたつに分かれてから、もう随分経つ。
周りには小さなクラゲたちが、惑星を無くした衛星のように、ただひらひらと漂っていた。
彼らは少し光っていた。
今まで貯めた月の灯りを、少しづつ放出するように。
そっとひとつを手にとる。彼らは真夏のソーダアイスのように、透明になって溶けていった。
その後には、三つの窪みがある小さな骨だけが残った。
この果てしない影の中で、私とクラゲ達だった。
ここは、世界の端なのだと思った。
誰も気づかない場所。誰も知らない場所。
私は昔のことを思い出していた。
春の強い風に乗せられた、青い夢の匂い。
冬の朝の石油ストーブの匂い。
柔らかな肌の感触。夏の魔物の体温。
もう全部が迷子になっていしまっている。
みんな知らないかもしれない。もう覚えてないかもしれない。
目の奥が熱くなる。
全部が、昔のままじゃいられないなんて。
私が思い出したすべてのことを、誰に証明できるというのだろう。
知っているのは私だけでしょう?
でも、この暗闇の中では、それさえも不確かだった。
私は生きていたい。このどうしようもない世界の中で、息をしていたい。
みんなと。記憶と。夢や希望と。愛するものと。
私は確かにそこにいた。私は確かにそこで、生きていたんだよ。
私の目からあふれる涙は、ぽこぽこと音を立てて、小さなクラゲになった。
私は自分の足も泡になっていることに気づいた。泡の音は巨大な海獣たちの胎盤の中のように、こもった音を立てて、響いた。
その時私は、大きな月を見た。
月はもう手を繋ごうとしいていた。
まるで命の始まりのような鼓動と、互いを許し合うように、歌が聞こえる。
クラゲ達は嬉しそうに跳ね回り、いうかの夏の線香花火のように、弾けるように光った。
もう大丈夫だね。
私の身体はほとんどが泡になっていった。その全てが小さな命となり、粉雪のように舞い上がった。
小さなクラゲ達は新しい命たちと嬉しそうに踊り、月はついにお互いの指に触れた。
私はこの祈りのような光景を知っているような気がした。
私はこれからも、きっと大丈夫な気がした。
いつかまた、ひとつになるまで。
私は今ここで、生きているよ。