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ある動物のための物語

さびれた動物園だった。

入場口の看板の文字は、幾年もの雨や風に打たれかすれていたし、

動物たちを囲う柵は赤錆にまみれ、数種類のツタが、意思を持ち動物たちを逃がさんとしているかのように絡みあっていた。

動物園の中央には、そのどれよりも立派で大きな檻があった。

そこも例外なく錆びつき、南京錠が今にもその手を放すのではないかと思うように頼りなかった。

そしてそこの主である年老いたライオンは、いつも空を見ていた。

檻には天井がついていたし、檻を囲う金網は太く、見辛いだろうと思った。

私はライオンにいつも声をかけてみる。

あなたがここにいる理由を聞いてみる。

もちろんいつも応えはない。やせ細った体を銅像のように硬直させ、空を見るだけだった。

そのライオンが息を引き取ったのを知ったのは、私が新しい生活にやっと慣れはじめた時のことだった。

すでにうだるように熱い夏は峠が過ぎ、それなりに過ごしやすい気温になっていた。

地元のニュース番組で、ほんの少しの時間だったが、それが放送されていたのを見た。

年老いたライオンは、すべてが寝静まった深夜に、南京錠を力づくでこじ開け、そのまま正面ゲートを飛び越えて脱走。しばらくして大通りで荷物運搬中の大型トラックと衝突し、命を落としたという。トラックの運転手には怪我はなかった。

私は、彼がずっとこうしたかったのだと思った。

南京錠は、きっと彼の祈りに呼応し、自らその鎖を腐り落させたのだと思った。

彼は夜空を見ながら走っていたのだろう。

だから横からのトラックに気づかなかった。

あるいは、気づいていたのかもしれない。

その日はこの夏最後の流星群だった。

彼はきっと無数の星たちに照らされ、その体毛を金色の野原のようになびかせ、

身をきる風は最後の夏の香りを纏わせながら彼の追い風に立ち、流星のような速度で夜を駆ける彼を想像した。

その後の夜、私はそっと目を閉じた。

祈りのような夜だった。風に揺れるカーテンは、羽化したての昆虫の羽のように白く光った。微かな、秋の匂いがした。

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